コントリビューションの価値

OSSに貢献することを「コントリビューション」と言いますが、それはビジネスのみならず技術者自身にどう影響してくるのでしょうか。

最終更新日:2021年11月11日

一般的にオープンソースを活用が進むにつれ、活用しているオープンソースの機能改善や不良調査などを通じてコミュニティに対する関心が高まります。オープンソースプロジェクトは多くの技術者の協力のもとこれら改善や不良対策に取り組んでいるので、当然のことだと思います。しかしながら、プロジェクトへのいわゆる「コントリビューション(貢献)」についてよくわからない部分も多く、どのように対応すれば良いわからない場合が多くあると思います。
そこで、この記事ではこの「コントリビューション」に価値について、考えてみたいと思います。


コミュニティ活動とは?

まず、オープンソースプロジェクトの活動として、どのようなものがあるのか知っておく必要があると思います。以下にコミュニティの活動内容をご紹介します。

OSSコミュニティでの主なタスク・カテゴリ

  1. 開発(コア、拡張機能)
  2. QA(バグレポート、テスト)
  3. L10N:ローカライゼーション(翻訳/言語ごとの機能開発)
  4. ドキュメント
  5. テンプレート
  6. マーケティング
  7. インフラ(Web、ビルドサーバー)
  8. ユーザーイベント(Q&Aサイト、ML)
  9. イベント運営
  10. コミュニティ運営

この中で「開発」が一般的に活動内容だと思っているかもしれませんが、コミュニティの活動内容としてはそれ以外の部分も多く、特に2~10ではソースコードを書く活動ではありません。日本においては、3の英語から日本語への翻訳作業などが多くの部分を占めることになっているかもしれません。

新しい技術はどこから来るか?

そもそも、新しい技術は商用プロダクトで提供されるのが10年以上前までは一般的でした。しかしながら、2010年頃から新しい技術がオープンソースプロジェクトで提供されるようになってきました。

インパクトを与えたクラウドコンピューティング

CPUの高速化やメモリの低価格化に伴い、技術者のコンピューティング環境は大幅に改善されました。さらに大きなインパクトを与えたのが、クラウドコンピューティングです。クラウドコンピューティングを活用することでスケーラブルな環境を容易に入手することができるようになり、技術や予算的なボトルネックとなっていた部分に対するブレイクスルーになったことで実現できるようになってきました。

これに伴い技術もどんどん高度化し複雑化し、単独の会社や組織で開発するよりもクラウド環境にいる技術者の技術力を活用することで、新しい機能の追加や機能改善などをスピードアップできることに気が付いてきたのです。

ビジネス戦略としてのコントリビュート

OpenStackが代表格

その代表が「OpenStack」かもしれません。2010年に始まったこのプロジェクトは、NASAと米国のホスティング会社であるRackSpaceがAWS(Amazon Web Service)のようなクラウドの効率的な管理をめざして始めたプロジェクトで、2012年9月に設立されたOpenStack Foundationによって管理されています。AT&T、インテルなど500社以上の企業が参加しています。その後、2020年10月にOpenInfra Foundationに名称を変更しています。現在、25番目のリリースである「XENA」が公開されており、次期バージョン「YOGA」に向けて開発が進んでいます。

最近の動きとしては、このFoundationにマイクロソフトが最上位のスポンサーとして加盟したことです。マイクロソフトはすでにクラウド基盤として「Azure」を提供しているので、このマイクロソフトが加盟することは少なからず業界の中で驚きをもって受け止められました。これは、2021年6月にマイクロソフトがAT&Tのモバイルネットワークおよび技術者を買収したことに関連していると考えられています。AT&Tは以前からこのOpenInfra Foundationのプラチナスポンサーであり、その基盤としてOpenStackを採用しているからにほかなりません。

最新技術はOSSから

従来の新技術が商用ソフトウェアで最初に実現されてきていたのが、OSSで最初に実装されるようになってきています。要するに、OSSで最新技術のひな型を公開し、それをクラウド上の技術者と共有しながら機能や性能などを向上させていくという開発手法に変化してきたといっても良いでしょう。そして、それをプラットフォーム化しOSSへのコントリビュートすることで、ビジネス上の優位性を確立することができるようになります。

その分かりやすい例が「Android」だと思います。

Androidは、2003年にアンディ・ルービン氏らがパロアルトで設立した会社で開発した携帯電話向けソフトウェアプラットフォームですが、2005年にGoogleに買収されてことにより大きく環境が変化します。2007年にGoogleはクアルコムやT-モバイルと規格団体「Open Handset Alliance(OHA)」を設立し、サードパーティのベンダーが独自にカスタマイズしやすくするためにこのAndoroidをオープンソースとして公開しました。このAndroidにいち早く取り組んだ企業の中に韓国のサムスン電子があります。サムスン電子はこのAndroidに貢献することで最新版のGalaxyに最新の機能を搭載することができ、現在のスマートフォン市場でトップの地位を築き上げました。

技術者にとってのメリットは?

ここで、企業としてのメリットだけではなく技術者にとってもモチベーションが上がる事例を紹介したいと思います。

NTTは2006年4月に、NTTグループにおけるTCO削減、SI競争力の強化を目的に「NTT OSSセンタ(以下OSSセンタ)」を立ち上げました。OSSセンタでは、NTTグループ企業を対象に情報提供や技術支援、複数OSSミドルの組み合わせ検証、大規模・高信頼・高性能システムへの適用に向けたOSSプロダクトの機能拡充/品質改善のためのコミュニティ活動を推進しています。2018年12月にNTTデータがトップ級の技術者に2,000万円を超える年収を支給するという人事制度を導入し、NTTデータのHadoop事業を立ち上げた社員が最初に適用されました。その後、OSSコミッタとして活躍する技術者にも適用されたそうですが、企業にとってのメリットだけではなく、OSSコミュニティでの活動が技術者個人にとっても大きなメリットになりました。

また、The Linux Foundation(以下、LF)が9/20に公開した「The 2021 Open Source Jobs Report」で紹介されている通り、まだ日本ではそのような傾向ではないかもしれませんが、欧米ではエンジニアを採用しようとした場合もっとも重要な技術スキルとして、42%の採用担当者がオープンソースプロジェクトへの貢献を挙げています。

これはなぜでしょうか?

現在、デジタルトランスフォーメーションが世界中で活発化していて、その中でオープンソースの活用が進んでいるからです。デジタルトランスフォーメーションを実現するためには新しいテクノロジーを導入することが多く、その新しいテクノロジーを担っているのがオープンソースだからです。

このように、コントリビューションすることがビジネス戦略のみならず、技術者個人にとってもモチベーションが上がる要因になってきています。

筆者紹介
吉田 行男 氏

吉田 行男 氏

2000年頃からメーカー系SIerにて、Linux/OSSのビジネス推進や技術検証を実施するなどOSS全般の活用を目指したビジネスの立ち上げに従事。また、社内のみならず、講演執筆活動を社外でも積極的にOSSの普及活動を実施してきた。2019年より独立し、オープンソースの活用支援やコンプライアンス管理のコンサルテーションを実施している。

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